徒然なるままに

2004

'04,1'04,2'04,3'04,4'04,5'04,6'04,7  

2003

'03,1'03,2'03,3'03,4'03,5'03,6'03,7'03,8'03,9'03,10'03,11'03,12

 

2002

'02,1'02,2'02,3'02,4'02,5'02,6'02,7'02,8'02,9'02,10'02,11'02,12 

2001

'01,1'01,2'01,3'01,4'01,5'01,6'01,7'01,8'01,9'01,10'01,11'01,12 

2000

      '00,4'00,5'00,6'00,7'00,8'00,9'00,10'00,11'00,12
 

 

04/07/25

 友、遠方より来たりて。。。

  およそ800Km。金曜の晩7時頃、出発したと言う。
交代しながら運転し仮眠をとりながら一関IC着5時AMだったらしい自分には6時半の携帯目覚ましアラームと同時に「来たヨ。」との着信。

 以前の職場で、温泉談義の折に川原毛温泉、大湯滝の話をしたのが発端だったかもしれない。岐阜も下呂温泉は知名度が高いが、長野寄りのアルプス周辺には温泉が多く湧出している。色付けで最近悪評が高まっている白骨温泉は高山からほど近い。
岩手には「こんなxxx温泉があるんだよ。。。」と話したのがきっかけだったかもしれない。まぁそんないかがわしい温泉ではない掛け流しの湯を選んでの温泉行と平泉を中心に周辺観光。の二日間になった。
 初日は朝が早かったので気仙沼に直行、海産物と土産を調達。頃合を見て猊鼻渓。先週から続いた雨はまだ水かさを定常には戻していない若干の濁りもある。昼食を挟んで中尊寺。宿に入ったのは4時前。温泉宿泊なので、風呂には充分入り、小人数ながら余力のPowerは夜半に続く大宴会となった。酔いしれて二日酔いマナコのままメインイベントの川原毛温泉大湯滝に向かった。何せ自然の川なので温度調整などまったく効かない。川底から湧出している上流はやけどするくらい熱く、滝つぼの方はぬるい。決して「ゆったり和む」とは行かない。そんなリスク対応で、ちゃんとした硫黄泉の須川温泉に入ってから大湯滝に回った。
短い東北の夏を堪能した(かな!?)遠方の友は、来た道を帰っていった。
 また楽しからずやと言ったところか。。。 

追記。
 今回クルマで来た遠来客を先導して使ったFJRは、前回「麻亜多”会メンバー」のTouring以来ハイオクを使い始めた。同じFJR乗りの及川さん曰くPowerが上がって、ギヤを下げる頻度が下がる。よって燃費が良くなり、コスト吸収して余りある。との御託宣だ。
仕様的には「無鉛対応」なので自分はずっとレギュラーを入れていた。及川さんの話からどの位の効果があるか分からないが2度ハイオク給油して今度の周辺観光結果、
なんと436.8Km/19.72Lの給油だった。
今までは(高速7〜8Krpm状態を多用する場面は除き)16〜7Km/L位で安定した燃費だった。多少引っ張る場面が多かったりしてもあまり変化は大きくない。高いギヤでLoadがかかると小さく「カリカリ音」が聞こえノックコントロールされている状態もあった。まぁこんなもんだろう。で済ましていたが、今回のこれは驚愕の数値だった。もちろん満タン法なのだが給油はセルフで均一的になっているはずだし、今回は若干走行ペースは低めでアクセル開度も小さく穏やかであったかもしれない。それでも、アップダウンは多かったし。。。あぁ、そういえばアイドリングを1100rpm→800rpm程度に下げたのも影響はあったかも。。それにしても肝心のPower感は顕著。及川FJRレポートは確かだった。フルタンク430Km走。このバイクの美点を一つ実感!
 今回のDataがずっと続くとは考えにくいが、ちなみに17km/L→22km/Lに上がった効果を電卓ではじいてみると走行1kmあたりの消費コストは約1円下がる。ということで1回の給油で400km、走るとすると▲\400となる。
 エンジンに対する扱い方とかガソリン、オイルなどの影響はバイクの方がクルマよりも効果が出やすいのかもしれないが、このFJRに限ってみればレギュラーよりもハイオクの方がコストセーブになる事をあらためて認識した日だった。 

04/07/18

 梅雨明け前「八幡平→一転、岩洞湖Touring」

  関東以西の梅雨明けから1週間。東北はまだ前線が停滞。日本海側、特に新潟は豪雨被害。ほぼリアルタイムで報道される雨の被害情報から半日遅れくらいで雨が降る。前線にそって太平洋側に雨雲が流れて来るようだ。先週までのカラ梅雨模様からうって変わってインドア生活。「晴耕」はあまりまじめにやっていないが、今週は「雨読」。

 3連休、雨上がりの合間に八幡平方面へのツーリング。
一回り350Km位か?集合時間と主要合流ポイントだけをあらかじめ設定して行程はほぼFree構成。距離感と所要時間を考えると平均走行速度は比較的高く大型車の参加が多い。Freeとはいえ大体、自然にグルーピングが出来、個々のペースを持つ走り方にはそれなりに。

 当初は何台かのグループTouringの見込みが、結果15台のMasstouringとなった。
ペースメイクは設定せずに、もっともTopを行く千葉ちゃんBMの後につくのは相応の気合がないと大変ながら、交通の妨げになることもなく行程終了。
 沢内村を北進しているうちに雨に会った。結構強く、暗い空にパタパタと雨具を着用。
盛岡側に抜ける新山伏トンネルを抜けると日が射して路面は乾いている。道の駅「あねっこ」で昼食休憩をとり西の空と山を見上げながら八幡平方面は中止。
一転して岩洞湖を目指す事とした。当初の目的地「八幡平」方面も適度なワィンディングが続き、Touringするライダーの多いところだが、岩洞湖に到るR455もあまりきつくないコーナーが数百mの直線でつながるバイク乗りを呼び寄せるルート。
 個々には何km/hで走り抜けたか分からないがTopとしんがりにはタバコ1本分の長さは生じたようだ。

 帰着後、トライクさんの広いガレージで「お疲れmtg」。焼肉とビール、アルコールが進むに連れ尽きないバイク談義と与太話。実走370〜400Kmは結構こたえる。WGPドイツGPを見始め、気づくと覚えていたのはモトGPクラスのスタート場面だけで、あとは眠りに落ちていた。 

04/07/11

 カラ梅雨ということか

  1日の解禁の日から4度程、砂鉄川の出かけた。1週間で1cmと言われる鮎の成長は確かで、ガンガン瀬では20cmを越える勢いのいい型が上がる。
半日ほど川にいて適度に釣り「帰って塩焼きで晩酌」のパターン。
週中には所によっては35℃を越える日が続いた。川の水量が下がり、笹の葉の形をした鮎の食み跡が残る川石のコケも古びてくる。こうなると釣果はとたんに下がる。
川原で出会う釣り人は「一雨ほしいなぁ。。」と言葉を交わす。
週末、夕立に似た雷雨。ザッと降って止み夜半から雨脚を強めた。
 そんな雨上がりの夕方、揺らいで響くヒグラシの鳴き声。

 "Day after tomorrow"を見た。地球温暖化の結果、極地の氷が溶け海流の水温が急激に下がる。大気の循環は崩れ、結果、氷河期がやってくる。
。。。というものだ。ローランド・エメリッヒ監督は「インディペンデンスデイ」とか「米版ゴジラ」を監督した人とかで「〜〜そう云う感じの。。。(どんな!?)」映画だろうと思ってみたが、さすが迫力十分でしたね。
 氷河期移行への気象変化をキャッチしてからホントに数日単位で極地的な風景に覆われるのかどうかは分からないが、その現象を起こす巨大な台風の目みたいな寒気の渦に入るとマイナス100℃を下回る冷気が降りて来て、飛んでいるヘリコプターまで凍って落ちてしまう。
ビル群はてっぺんからピキピキと凍ってしまう。まさに瞬間冷凍という事だ。
「エ〜っ本当???」とは思いながらも映画のリアルさに見とれている。
 普段、エアコンの効いた空間で仕事をしていたら季節感は希薄になってくるものだが、暇に任せて、30℃を越す炎天下で釣りを続けるとさすがに、季節感十分の夏を堪能する。
あまりの暑さでクラクラ来る頭に、"Day after〜”の氷河期の景色を思い浮かべていた。
(見た人には環境問題を思い浮かべ、ブルーな寒さを感じたという話も聞きましたね)
  暑い夏に氷河期の映画は多少涼しくなるかも。

04/07/04

 砂鉄川の鮎漁解禁

  去年、釣った鮎は「和良川」の鮎だった。岩手の鮎漁解禁は7月初旬。砂鉄川は1日だった。前日の激しい雷雨のせいで、川は濁り水温は上がらない。7時から出かけ橋の上から、すでに解禁日を楽しみに早くから竿伸ばした太公望の釣果を見ていた。9時過ぎ迄どの竿もたわむ様子はなかった。強くなってきた陽射しにせみの鳴き声が聞こえる。心持ち薄くなってきた川の濁りに焦れて鮎掛け竿に仕掛けをセットし始めた。
 始めのアタリは10時半。午後から用事があり残り時間あとわずか。。。。結局初日は4匹を上げた所で終了。周りもそれ程掛けてはいない。東北の鮎シーズンは短い。それだけに初日、多くの釣り人が集中して、もっと大きくなる前の鮎を釣られてしまうのも「今年の夏は鮎掛け三昧に浸ろう」ムショク人の思いとしてはむしろ初期はあまり釣られず、シーズン尻上がりに釣果が上がる方を期待したい。

 「銀河鉄道」の走る村
 イナズマ乗りの「nafuさん」が先月末「宮森村」を走るD51と愛車を撮って来た。
と聞きつけて話を聞きにAuto Repir Shop"nafu"に出かけた。

  製鉄所のある釜石から遠野を抜け花巻まで北上山地を走った「日鉄釜石鉱山鉄道」〜「岩手軽便鉄道」が宮沢賢治の「銀河鉄道」のモチーフらしい。特に宮守村の「めがね橋」と「岩根橋」は見上げるときれいなアーチを描いて空に交わる。もし十五夜の月と夜行SLなんかがあって、その橋の上をSLが走る様を思い浮かべれば、まさに銀河鉄道をいう名前がふさわしい。
 もっとも宮沢賢治がそう表現してくれていなかったら、そんなイメージも、銀河鉄道という名前も簡単に想像は出来ないのだろうが。。。。。



やはり、橋の近くは絵になるポイントらしく、人が一杯で”nafu”さんはギャラリーの少ない踏切の近くで、「イナズマ」とSLを1フレームに入れた絵を狙ったとの事。連続した5枚の写真をくれた。早速家に戻り暮色のSLとイナズマをUPした。
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