徒然なるままに

2004

'04,1 '04,2  

2003

'03,1 '03,2 '03,3 '03,4 '03,5 '03,6 '03,7 '03,8 '03,9 '03,10 '03,11 '03,12

 

2002

'02,1 '02,2 '02,3 '02,4 '02,5 '02,6 '02,7 '02,8 '02,9 '02,10 '02,11 '02,12  

2001

'01,1 '01,2 '01,3 '01,4 '01,5 '01,6 '01,7 '01,8 '01,9 '01,10 '01,11 '01,12  

2000

      '00,4 '00,5 '00,6 '00,7 '00,8 '00,9 '00,10 '00,11 '00,12
 

04/02/28

日本百選

     日本三景というような三選は三名園とか三大稲荷とか全部は覚えていなくともその中のひとつは言える人が殆どだろう。百選となると全部知っている人はかなりマニアックな人と言えると思う。
 知名度が高い百名山は深田九弥氏選をNHKが特集として紹介し一躍ヒットして、下がって来ていた山歩き人口を増加に転じさせた。特に年配者を山に呼び、高齢者の事故も増えたと聞く。
 選択基準は定性的な部分があるわけだから百番目と101番目はそんなに価値の違うものじゃないはずだが、それを商売と結びつけると天と地ほどの差になる。
この日行った「養老の滝」は知名度的には三「名滝」よりもはるかに高いことは間違いない。居酒屋のネーミング様々だ。日本百名瀑と看板にはあったが「三名滝」+特別1等賞でもいいのかも。

 それでも、滝の近くで営業する土産物、食堂はひっそりしている。中には「ケージ」のように錆びた鉄骨だけが草葉の陰という具合で朽ちて来ている。ただそこに在る光景に見える。
 何もこの「養老の滝」だけではないが、自然の風光明媚さを飯の種にした「観光地」にはよくある風景となっている。いっそ朽ちてしまって鉄も建屋も土に戻ってしまったらいいのにと思うときがある。
 数百年か数千年過ぎて、山奥の滝の周りで掘り起こされ遺跡としてペットボトルとか、今の工業製品の廃棄物が20世紀の痕跡として掘り起こされたら面白い。
ひねた見方ではあるが、郊外のショッピングモールに押され、寂れ行く鉄道の駅周辺の商店街と変にイメージが重なる。
 もっとも米国のモールでは既に「バクダットカフェ」と云う映画に出てくるようなAmerican"WABI、SABI"的雰囲気になっているモールも数多くあるが、今は人があふれる日本のそれも、あと10年もすれば閑散する所が多く出てくることだろう。
「養老の滝」から2Km足らずにある「養老天命反転地」は適度に訪れる人が多いようで、この日も滝よりは賑わっていた。
ここでつまみを取りビールでも空け
滝を眺める人が居たであろう錆びた鉄骨
滝の下側ではスケッチをしている山歩き風
の初老の方がいた。

04/02/22

梅が咲いた。

   曇っているわけではなく春霞に似たやわらかい日差しが射している。
去年は駐車場が分からず園内まで入らずじまいだった岐阜梅林公園。

 また寒い日も来るのだろうが週の中ごろには20℃を越える日もあり、冬は過ぎたのだろう。
二十四節季では雨水を過ぎ、土中の虫も動き出すという啓蟄まであと少し。この間リアウインカー の根元にクラックが入っているのに気がついていた。
丁度、手持ちのパーツがあり、交換しておいた。

機能には支障がないのだが取付け部分に
クラックが入っているのを見つけたリア
ーウインカー。パニアを付けずに後ろから
見ると「蟹の目」のように突き出て見える。
それだけ不用意な接触には弱い。
持っていたウィンカーと交換。

04/02/15

  春一番

   昨日、吹いた風が春一番だったらしい。
この可児ではそれ程、強くはなかったがベランダの洗濯物は結構ゆれていた。

 この冬活躍した調理器具⇒近くのホームセンターで安く調達した小さめの「土鍋」
@メインの具、牡蠣等貝類。蟹。海老。豚肉。白身魚、鮭。すり身。を決めて
A出汁、白菜、白滝、豆腐、ねぎ、適当にバランスを見た野菜は共通材料。
B水炊き/ポン酢。醤油味。味噌味。キムチ。の味付けでバリェーションを増やす。
C量とその時の食欲で最後にご飯を加えおじやまで行くかどうか。。。
種類は@XBだけでも28通りとなるのだがどうしても牡蠣、蟹のポン酢系に偏る。
でもやはり続けると飽きる。

もうそろそろ鍋の季節も終わり頃。

04/02/08

  長山城址。

 ここ、可児市のホームページでは7箇所の城址が紹介されている。その中でも知名度が高いのは明智光秀との関わりから長山城だろう。先月行って来た「明智城」でも「光秀生誕の。。。伝説」とあったが、こちらもそう伝わっているらしい。明智町の方は「明知城」と記されている説明書もあり、どちらがどうなのかはよく分からない。双方、土岐氏勢力圏での一族縁者間のおはなしなので行ったり来たりの範囲なのだろう。他の城も土岐氏一族の関係下の歴史があるようだ。
 面白いと思ったのは規模が小さいからか、戦国時代、防御重視で険しい崖をも有効につかった山城が多いこの辺りで、一応城山ではあるがむしろ丘陵という感じで、その昔はどうだったか分からないが今は住宅地がすぐ傍までせまり、給水タンクかなにかの施設と、携帯電話のアンテナも立っている。悪党的に描かれる事が多い武将ながらイメージとはずいぶん違う穏やかな城跡だった。

 帰りに市内中心に近い広見神社の傍の「熊野古墳」に寄り写真を収めてきた。 「広見神社の由来」と彫られた石碑をみると祭神は「天照大神、建速須佐之男命、日本武尊、大山祇神、大物主神、火産霊神、雷神、上筒男神。。。」種々の神々を祀る。
とあった。八百万の神々に手を合わす民族ながら説明を読むと、明治以降の神社合祀政策により。とあるが大変合理的で、でもいいのかなぁ。と感心する。
熊野古墳は、この広見神社の南側にある。外側の土は殆どなくて玄室を覆う巨石が露出している。この他、神社北側の下草の手入れも行き届いた公園の林の中に白山古墳、御嶽古墳があり、古墳群と記されているように古代の墓地みたいな所かも知れない。

  

04/02/01

  菜の花を見れば春遠からず。

 土曜日の朝から快晴。気温の上がりを気にしながら、仕事に向かった。天気予報では土日とも好天が続くようだった。その土曜日の様子をみて、日曜には少しバイクを動かそうと思っていた。穏やかな土曜日の午後の陽は12℃まで気温を上げた。

 やはり暖かいところをと行く先は愛知。知多半島か渥美半島を考えた。速度を上げれば体感温度もさがる。あまり高速道路は行きたくないのだが時間を短縮し暖かい時間帯で行って来たかったので、東名を通り「渥美半島の菜の花」を選んだ。

 昨日に続き空は快晴。その分放射冷却で朝方の気温は低い。クルマのフロントガラスについた霜が溶けてから会長のガレージに行きST2と対面。大分へたったバッテリーにこの冬は辛い。息も絶え絶えなクランキングのあと逞しい排気音が戻って来たが、電源周りのレギュレーションが悪く時計はリセットがかかってしまう。エンジン。サスペンション。ライダー自身のウォーミングを同時にこなしながらR248から多治見IC。中央道、小牧JCT東名とつなぐ。ヘルメットの中に入ってくる風は凛としている。この辺りまではまだ心地よさに浸れていた。
 このシーズン3シーズンのグローブの中にインナーグローブでは心もとないと、2,3年前に買っていた冬用のグローブをはめて出たが、スキーにも使えそうなほどゴツイ。クラッチは重く、フロントブレーキの感触にリアルさがない。中央道にのって最初のPAでグローブを戻した。峠の追い越し車線には霜が見える。「ドキッ」。

 渥美半島に入ってもあまり気温は上がらない。12時を過ぎると薄曇になってきた。早めに突端の伊良湖に行き昼食をとり戻って来ようと先を急ぎ始めたら、真黄色な菜の花畑が見えてきた。
路端にバイクを止めシャッターを押した。辺りはまだ寒いがその花を見ているだけで気分は春めいてくる。何組かのカップルと、若い親子のお母さんが花の間にしゃがんで被写体に納まる。みんなニコニコ。

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